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第14話 使用人の食堂で

Author: 月歌
last update Last Updated: 2025-04-11 11:00:00

◆◆◆◆◆

「ムカつく、ムカつくわ。ルイの母親の私が、どうして使用人に混じって食事をしないといけないのよ!」

地下に広がる使用人たちの領域は、上階の華やかさとは対照的に質素だった。石造りの壁は冷たく、控えめな灯りが淡々と空間を照らしている。

ミアは木製の長いテーブルの端に腰掛け、スプーンを握りしめながら愚痴をこぼしていた。使用人たちは忙しく働きながら、ちらりちらりと彼女の様子を伺う。

――こんな扱い、絶対におかしい。

「ムカつくけど、このスープは美味しいわね……でも、こんな貧乏くさいスプーンと皿じゃ、美味しいスープも台無しだわ」

スープを一口飲み、パンをちぎって口に運ぶ。だが、彼女の心は落ち着かない。

――使用人の休憩室で食事を取るなんてありえない。セドリックに掛け合わなきゃ。

その時、地下に続く階段から執事のジェフリーが姿を現した。彼は堂々とした声で使用人たちに指示を出す。

「皆、聞いてくれ。セドリック様とヴィオレット様、リリアーナ様が食事を終えられた。この後、ご一緒にルイ様の部屋に向かわれる。各々の役目に沿って即座に準備を進めてくれ」

ジェフリーの言葉にミアは驚き、勢いよく立ち上がると彼のもとへ歩み寄った。

「そんな話、私は聞いていません!ルイの母親である私の許可なく決めるなんて無茶苦茶だわ。とにかく、私はルイの部屋に向かいます!」

スープ皿をテーブルに押しやり、その場を立ち去ろうとする。だがジェフリーが腕を掴み、冷静な声で引き止めた。

「待ちなさい、ミア」

ミアは振り返り、不満げに睨みつける。

「急いでいるのですが……何か御用ですか、ジェフリーさん?」

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